第一次世界大戦と日本 - 井上寿一

井上寿一 第一次世界大戦と日本

Add: dypyvo24 - Date: 2020-12-19 08:21:28 - Views: 1640 - Clicks: 2199

楽天Koboで井上寿一の "第一次世界大戦と日本"をお読みいただけます。 年は第一次世界大戦の開戦100年目です。その影響は第二次世界大戦以上で日本にも深く及んでいました。大戦前後の日本社会を観察すると「複数政党制への過渡期」「好景気から長期停滞へ」「大衆社会のなかの格差拡大. 第一次世界大戦と日本 (講談社現代新書) 井上寿一 | /7/25. 第一次世界大戦後の日本経済は、バブル崩壊後の「失われた20年」と同様、長期停滞が続いた。 第二は社会である。長期経済停滞は格差社会をもたらす。第一次世界大戦後に起きた関東大震災と年の3・11大震災は似ている。. 6 Description: 274p ; 18cm. こうして日本は、ドイツに宣戦布告をしました。日本の参戦目的について、斎藤聖二 『日独青島戦争』は、「①青島ドイツ軍の排除、②今後の対中国外交施策への布石、③山東利権への経済的欲求の充足、という3点にあった」としています。 ①の青島ドイツ軍の排除は、軍事的に明確です。③の山東利権も内容は明らかです。問題は②の今後の対中外交施策への布石、という点です。この点について著者は、この青島戦争での「勝利が懸案の『満州』利権問題の解決にむかう具体的契機となった」、「『対華二一ヵ条要求』はこの戦いがあってはじめてあのような形をもって登場しえた」と説明していますが、著者のこの見解は、すんなりとは理解しにくい感があります。 「対中国外交施策」が意識されていたことは間違いないもの、客観的には戦略的な「布石」と見なせるものではなかったのではないか、と思われるからです。「山東」・「満州」両利権の整合性のつけ方が討議不足で、それを大隈内閣の共通認識にせずに開戦してしまった結果、後でそのツケが回ってきて「対華21箇条」のドロナワに入り込んでしまった、と考えるのが妥当のように思うのですが、いかがでしょうか。. 5つ星のうち4. 第一次世界大戦と日本 Format: Book Responsibility: 井上寿一著 Language: Japanese Published: 東京 : 講談社,. 青島は中国の諸都市の中で今後さらに発展する可能性の強い都市として注目が集まっていた」(斎藤聖二 前掲書)というのは、1898年からのドイツの努力があったればこそ、でした。それを、ドイツとの間に紛争がなかった日本が武力奪取することは、平時であれば国際的な承認が得られるはずのない行動であったと言わざるを得ません。 第一次世界大戦にイギリスが参戦した理由は、「ドイツがベルギーの中立を侵犯した」から、すなわち国際秩序の維持が目的であって、単にフランス・ロシアとの「三国協商があった」から、ではありません。一方、日本の大隈内閣は、「日英同盟の誼」を利用して、「中国利権をドイツから奪.

まずは、大隈内閣が8月7日夜の臨時閣議で参戦を決定するまでの経緯について、斎藤聖二 『日独青島戦争』からの要約です。 8月1日、加藤高明外相指示で駐英日本大使井上勝之助がグレイ外相と面会、グレイは、日本に何らかの依頼をすることになるかどうかは現段階では分からないと回答。加藤外相は、3日に駐日イギリス大使グリーンを招き、イギリスの極東利権を守るために日本からの全面的な軍事援助を期待してよいと積極的な意思表明。4日午前中の閣議の最中にイギリスより、香港・威海衛が危険となれば日英同盟の1911年の合意に則って日本の軍事力に頼りたいという電報。加藤外相はイギリス大使に、英商船が拿捕された場合にも、当然日本への出動依頼が来るものと理解、と語って、参戦への強い意欲を示した。 イギリス外務省は、7日にかけて対日施策の検討。内容は、一、中国沿岸でのドイツからの攻撃に備える必要ある。二、イギリスの極東戦力は万全ではない。三、この問題ではイギリス海軍部の意見を尊重、四、日本の野心と自由行動を抑え、かつ対独敵国にしておく必要がある。五、日本に膠州湾を奪取させない、行動依頼は海上に限定。六、青島利権はイギリスかフランスが引き継ぐ、七、日本の軍事的助力への返礼は財政援助で行う。これらの観点に基づいて、7日付の対日要請。 具体的な動きがはじまるのは、ドイツがロシアに宣戦布告との情報の入った8月2日から。その日に八代海相は、第二艦隊司令長官に出動準備を訓令。翌3日に海軍軍令部は、青島ドイツ軍排除の「作戦方針」を策定。同じ3日に陸軍参謀本部も「対独作戦所要兵力」を概定、「作戦計画」の立案を開始。4日、海軍軍令部は「中立」と「開戦」の両面を想定した具体的な展開計画を立案、また前日の「作戦方針」用の詳細な「兵力編制」も立案。陸軍側でも4日に「対独作戦計画要領第一部案」がほぼ完成。 7日、イギリス大使が加藤外相に、イギリス商船の中国沿岸航行の安全確保のために、ドイツ武装艦船を駆逐するように依頼、加藤はこのときイギリス大使に、目的達成のためには青島を攻撃することが最も簡略な方法だとはじめて青島進攻について口にした。 夜8時からの閣議で、加藤外相は、海上索敵破壊行動のみに留まるわけにはいかないとして、青島ドイツ勢力の一掃を提案。閣僚たちは全員それへの支持を表明。尾崎行雄法相が「日英同盟の誼」だけを名目. 第一次世界大戦と日本 / 井上寿一著 フォーマット: 図書 タイトルのヨミ: ダイイチジ セカイ タイセン ト ニホン 言語: 日本語 出版情報: 東京 : 講談社,. 【メール便送料無料、通常24時間以内出荷】。【中古】 第一次世界大戦と日本 / 井上 寿一 / 講談社 新書【メール便送料無料】【あす楽対応】. 年は第一次世界大戦の開戦100年目です。 その影響は第二次世界大戦以上で日本にも深く及んでいました。 大戦前後の日本社会を観察すると「複数政党制への過渡期」「好景気から長期停滞へ」「大衆社会のなかの格差拡大」という、まさに今日的な課題. 日清・日露の両戦争や、その前後の外交交渉の当事者として長く外交に関わってきた元老は、大隈内閣と加藤外相に対し、非常に批判的だったようです。まずは、このときの山県有朋の主張について、再び、斎藤聖二 『日独青島戦争』からの要約です。 山県と政府とは、対ドイツ外交の姿勢という点においても根本的に相違。大隈首相は、一旦了解した参戦の回避まで言い出す山県に、開戦できなければ辞職する可能性もあると迫っている。最後通牒が発布されたのを聞くと、山県は、「もーだめだ、外交もたたきこわされた。加藤は一体其眼中唯自分一人のみで国家という感念がない」「何の必要ありて斯かる事を突発的に他人の横顔をなぐる様なやり方をするのだ」と慨歎したという。「独逸も亦我が親交国なることを忘る可からず」という山県の主張は、政府にくみ取られることはなかった。 日清戦争時には武断派とされた山県ですが、その長年の経験から、列国との協調の重要さを身に染みて知っていた、と言えるように思います。. 第一次世界大戦と日本 - 井上寿一/著 - 本の購入はオンライン書店e-honでどうぞ。書店受取なら、完全送料無料で、カード番号の入力も不要!お手軽なうえに、個別梱包で届くので安心です。宅配もお選びいただけます。.

日清戦争のときは、当時の陸奥宗光外相が戦争開始に熱心で、伊藤博文内閣を開戦に引っ張っていきました。第一次世界大戦では、加藤高明外相が戦争開始に熱心で、大隈重信内閣を開戦に引っ張っていった、と言えそうです。どちらも、軍以上に外相が熱心だった点に共通点がありました。ただし、日清戦争時には伊藤首相はじめ開戦不賛成の指導者も少なくなかったのですが、今回は「閣僚たちは全員」開戦を支持した、という点に相違がありました。 8月7日は、ドイツ軍がベルギーに侵攻を開始してまだ3日目、日本は、少なくともその時点では中立を守る(=イギリス支援の必要性がもっと高まってから、日本支援の対価をより高く売る)手もありました。参戦するにしても、イギリスからの依頼の範囲である武装艦船駆逐だけに留めるもありました。また、青島に進攻するとしても、その青島を取った後はどう処理するのか、という課題もありました。閣議のメンバーは、それらについて十分な議論をせず、きわめて拙速に青島進攻を決定してしまったように思われます。 この点について、前掲の奈良岡著書は、「加藤外相が即時参戦を決断した背景として、〔戦争は早期に集結すると考えて〕参戦理由が消滅することへの懸念と中国の抵抗や列強の介入を封じ込める意図が強く働いていた」としています。 8月7日時点では、仏露英と独墺の間の戦争なら仏露英側の勝利で早期に集結する、という見方が支配的であっても当然だったのかもしれません。これが適切な判断だったかどうかは別にして、勝ち馬に乗る決定は早いほうが良い、というのは、経験則としては理解できます。 しかし、もしも8月末まで待っていたら、ドイツ軍が、西部戦線ではフランス領内に破竹の勢いで進撃し、東部戦線ではタンネンベルクでロシア軍を打ち破っていますから、連合国側で参戦することに躊躇する議論が出てきていても不思議なかったかもしれない、と思います。その意味で、早く参戦を決定したことによって、結果的に異論を封じ込んだ、と言えるかもしれません。. 第一次世界大戦が日本にどのような影響をもたらしたか。 日本が第一次世界大戦で参加した戦争は、青島等のドイツ植民地への侵攻、地中海への護衛艦隊派遣、そしてロシア革命に対抗してのシベリア出兵。 戦中の好景気から戦後の不景気で、国家予算への軍事予算が突出してるのも相まって. 6 形態: 274p : 挿図, 第一次世界大戦と日本 - 井上寿一 肖像 ; 18cm 著者名: 井上, 寿一(1956-) シリーズ名: 講談社現代新書 ; 2266. 第一次世界大戦と日本 (講談社現代新書)/講談社 ¥価格不明 Amazon. 松岡正剛「面影日本 千夜千冊エディション」収録本リスト. 8月15日の最後通牒に対し、ドイツからは回答はなく、回答期限とされていた8月23日に、日本はドイツに宣戦布告しました。 ところで、青島・膠州湾への軍事行動は、租借地外の中国領土を巻き込まざるを得ません。ドイツに対し宣戦布告したものの、実際の軍事行動を開始するには、中国側の諒解を取る必要がありました。この課題への対応について、再び、斎藤聖二 『日独青島戦争』からの要約です。 中国政府は3日に中国領域内での交戦を禁止する事実上の中立宣言を各国公使に通告。同時にアメリカに、中国領域内で戦闘行為をしない旨の協約を列強間に成立させてくれることを期待すると伝えた。6日には日本政府にも、〔中国を〕非戦闘地域とする協定の成立に尽力してくれるよう正式に要請。駐日中国公使陸宗輿は、8日に大隈首相に口頭で中国領域内の非戦闘区域化を申し入れ。しかし大隈はそれに賛同しがたい旨を語り、それに続けて参戦への積極的な意向を陸に伝えた。結局、袁世凱は11日に、日本が青島攻略をするのは確実であると理解、列国間協約の締結による中国領域内の戦闘禁止化策を断念した。 日本の対独最後通牒の2日後の17日に、中国の総統会議は日独間の戦闘の場合は、中立除外戦域を設定すると決議。この日にイギリスも、1898年の中独協定にある「租借地外50キロ以内の軍隊移動の自由」という規則に則って、日本もその範囲内で軍事行動を行うべきであると提案。しかし加藤外相は、それでは敵前上陸とならざるを得ず、到底承服できないと繰り返しイギリスに伝える。イギリスは日本の強い姿勢の前に22日に譲歩、中国政府が承諾するなら50キロ区域外に上陸することに異議をはさまないと伝えてくる。 日本政府は、中国政府に対して21日に、中立除外地域として「山東省中黄河以南ノ地」を指定するよう要請。中国は、それでは山東省全体を軍事行動の対象とすることになると反対、日本は「濰県ト諸城県トヲ連接シ南北ノ海岸ニ達スル一線以東」を再提起、もはや時間がないから仮に中国側がこれを呑まなくても強行すると伝えた。先発隊が龍口沖合に到着する前日の8月31日に、仕方なく中国側はそれを受け入れた。 地図を見れば一目瞭然ですが、最初に日本が提案した「山東省中黄河以南ノ地」は、済南も含み、ほぼ山東省全域に近いきわめて広い領域です。大隈首相のいう「大いに有利なる」済南鉄道を接収したいと. 第一次世界大戦と日本 (講談社現代新書)/井上 寿一(新書・選書・ブックレット:講談社現代新書) - モダンかつ平和で光り輝く文明国だった大正時代の日本。他方で大正時代は大衆が〈帝国〉を擁護した〈影〉を持つ。.

第一次世界大戦と日本 / 井上寿一著 Format: Book Reading of Title: ダイイチジ セカイ タイセン ト ニホン Language: Japanese Published: 東京 : 講談社,. 井上寿一 『第一次世界大戦と日本』 講談社〈講談社現代新書〉、年6月、isbn; 関連項目. 【tsutaya オンラインショッピング】第一次世界大戦と日本/井上寿一 tポイントが使える・貯まるtsutaya/ツタヤの通販サイト!. 第一次世界大戦と日本 井上寿一著 (講談社現代新書, 2266) 講談社,. 大隈首相の日本は連合国側に立って、ドイツに対し8月15日に最後通牒を送り、8月23日に宣戦布告を行っています。しかし、冷静に考えると、そもそもオーストリア対セルビアの局地紛争に端を発した欧州の大戦に参戦する必要があったのか、という疑問があります。 奈良岡聰智 『対華二十一ヵ条とは何だったのか』は、「第一次世界大戦は、近代日本が行った対外戦争の中で、特異な地位を占めている。それは、日本が紛争当事国ではなく、戦争に加わる必然性がなかったにもかかわらず、時の政権の政治判断によって参戦がなされているからである」と記しています。 ここでは、日本が参戦の意思決定を行った経緯を、主に斎藤聖二 『日独青島戦争』に拠って、確認していきたいと思います。. 『第一次世界大戦と日本』(講談社現代新書, 年) 『終戦後史 1945-1955』(講談社選書メチエ, 年) 『昭和の戦争 日記で読む戦前日本 』(講談社現代新書, 年). 【無料試し読みあり】第一次世界大戦と日本(井上寿一):講談社現代新書)年は第一次世界大戦の開戦100年目です。その影響は第二次世界大戦以上で日本にも深く及んでいました。大戦前後の日本社会を観察すると「複数政党制への過渡期」「好景気から長期停滞へ」「大衆社会のなかの. 大正6年6月11日第11駆逐隊第1小隊(松、榊)戦闘詳報(国立公文書館 アジア歴史資料センター).

6 Description: 274p : 挿図, 肖像 ; 18cm Authors: 井上, 寿一(1956-) Series: 講談社現代新書 ; 2266 Catalog. 第一次世界大戦をきっかけとするデモクラシーの世界化は、日本外交に両面の価値をもたらした。 この戦争後の日本は、一方で新外交を受け入れながら、他方で外交の 民主化 (外交に対する大衆の影響力の拡大)が進んだ。. Amazonで井上寿一の第一次世界大戦と日本 (講談社現代新書)。アマゾンならポイント還元本が多数。一度購入いただいた電子書籍は、KindleおよびFire端末、スマートフォンやタブレットなど、様々な端末でもお楽しみいただけます。. 第一次世界大戦と日本 フォーマット: 図書 責任表示: 井上寿一著 言語: 日本語 出版情報: 東京 : 講談社,.

著者 井上寿一 出版社 講談社; 刊行年 平26; 冊数 1冊; 解説. 年は第一次世界大戦の開戦100年目です。その影響は第二次世界大戦以上で日本にも深く及んでいました。大戦前後の日本社会を観察すると「複数政党制への過渡期」「好景気から長期停滞へ」「大衆社会のなかの格差拡大」という、まさに今日的な課題が. 大隈内閣の開戦決定時に、「対中国外交施策」が「布石」と呼べるものにはなっていなかったのではないか、という点について補足します。大戦の開戦に先立って大隈内閣が発足した時に、対中外交課題として何が意識されていたのかを確認したいと思います。以下は再び井上馨の伝記 『世外井上公伝』からの要約です(現代仮名遣いに直しています)。 〔井上公は大隈内閣に〕失墜しているわが利権の挽回を希望。日露戦後わが対支政策は萎靡振るわず、欧米諸国の異常な進出ぶり。戦後日支両国間には幾多の重大な懸案が解決未了のままに放任され、関東州の租借期間も、わずかにあますところ9年後に迫っている状態。しかのみならず、米国の満州に対する野心はますます露骨に。1909年11月(明治42年)に米国は突如として満州鉄道中立問題を提起したが、日露両国の反対により幸い不成功に終わった。〔井上公が〕漢冶萍問題について斡旋し、日仏銀行の設立に尽力したのも、日露提携を提唱してきたのも一に支那における利権確立の切なる念願にほかならなかった。 当時の対中国外交の最大課題が、満州利権の継続確保であったこと、とりわけ、ロシアから引き継いだ関東州の租借期限があと9年しかなく、時間的制約の中で解決を図る必要があったことが分ります。 一方、「日露戦後わが対支政策は振るわず」の最大原因は、日露戦争の戦費を借款で賄った結果として、返済義務対応を優先せざるをえず、中国への投資に回せる資金がなかったことであろうと思われます。 だからこそ、対支政策振興の達成に、ロシアとの提携やフランス資本の引き込みなどが重要手段として認識されており、実際にロシアとの提携が対米交渉の中で効果を発揮した事実もあった、ということも理解できます。 貧乏国が、「貧国強兵」で軍を強くして領土や利権を得ても、開発する資金を出す余裕がない、それでは利権は名目だけになる、利権を実質化するには開発資金の捻出が必要だが、そのためには上手く国際協調を行うべし、という大原則をあらためて説明したものと考えられるように思います。. . , 10:05.

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jp 日本では、国が壊滅的な状態にまで至った第二次世界大戦の方がテレビでも書籍でも注目され、敗戦の責任は誰にあるのかとか、軍部の暴走はなぜ止められなかったのかといった議論がよく行われる。. 第一次世界大戦と日本/井上 寿一(講談社現代新書:講談社現代新書)のhontoレビュー(感想)ページです。本の購入に役立つ評価やみんなのレビュー(感想)情報が満載。. 『第一次世界大戦と日本 - 井上寿一 - 教育・教養』の電子書籍ならシャープのcocoro books。スマホ、タブレット、pcで読める。お得なポイントと安心のネット書庫管理。まずは無料試し読み!. 第一次世界大戦を考える意義 100年前との類似点と現代まで続く問題 『第一次世界大戦と日本』 井上寿一氏インタビュー. 井上 寿一 | /2/21. 第一次世界大戦と日本 - 井上寿一 - 本の購入は楽天ブックスで。全品送料無料!購入毎に「楽天ポイント」が貯まってお得!.

6 形態: 274p ; 18cm 著者名: 井上, 寿一 シリーズ名: 講談社現代新書 ; 2266 書誌ID: LTISBN:. 『戦争調査会 幻の政府文書を読み解く (講談社現代新書)』や『戦前昭和の社会講談社現代新書)』や『第一次世界大戦と日本 (講談社現代新書)』など井上寿一の全70作品から、ブクログユーザおすすめの作品がチェックできます。. 「第一次世界大戦と日本」井上寿一 日本近代史 Book 前に『政友会と 民政党 』という同じ著者さんの本を読み、どうも微妙に尻切れの内容だったような、と認識していたんですが、それどころじゃなかった尻切れなのは現実か!. 7日の閣議決定は、11日に宣戦布告、というものでしたが、実際に起こったことは、15日に最後通牒、23日に宣戦布告でした。15日に最後通牒が出されるまではどういう経緯があったのか、再び、斎藤聖二 『日独青島戦争』からの要約です。 8日早朝、加藤外相は日光に避暑中の天皇に開戦内定の上奏。同日夜7時から首相官邸で、山県有朋、大山巌、松方正義の3元老を加えた拡大閣議。大隈首相は、「兎に角済南鉄道丈は大いに有利なるもの」と述べ、中国利権をドイツから奪取することが戦争目的の一つと。加藤は、「国際上に一段と地位を高めるの利益」。元老たちは参戦に同意をしたものの、ドイツと中国に日英同盟上のやむを得ぬ参戦であることを十分に了解させたうえで行動に移るべきと主張。拡大閣議の閉会後、加藤外相、八代海相、若槻蔵相の3人の協議。11日の宣戦布告をあきらめて、元老の意向に沿って最後通牒形式でいくことに。 グリーン大使は、グレイ外相に日本の決定を通知。グレイ外相は日本の予想外の反応を知ると、宣戦布告を当面延期するように日本政府に申し入れよとグリーンに指示。 〔9日、グレイ外相は駐英井上公使に、対独宣戦をしばらく見合わせることを要望、10日には、グリーン大使を通じて、ドイツ仮装巡洋艦撃破のための日本海軍出動要請を取り消すと申し出た。(小林啓治 『総力戦とデモクラシー』から補足)〕 加藤外相は、10日にグレイ外相の意向を聞くと、前日ドイツ大使が外務省を訪ねて脅迫めいた言辞を発したこと、宣戦できないと日本の国内政局は深刻な危機に陥ること、膠州湾は最終的に中国に還付すること、日本は単独でも参戦する意思のあることを伝えた。 加藤の強硬姿勢を聞いたグレイは、ドイツ大使の言辞を名目に日本は単独でも参戦し得る立場に立ったととらえ、また膠州湾の還付という妥協点も提起されたことから、ここで手を打つのが現実的であると判断。11日にグレイ外相は、ドイツ占領地以外では軍事行動をしないという声明を盛り込むことを条件に、日本の青島攻略に合意するという電報。 この時点ではほとんど臨戦態勢といってもよい状態、「今更軍事行動を中止する事能ハさる」状況。約500名の青島在住邦人も、10日までに「老幼婦女」が引きあげ、11日には各事業所の本店・本社から指示が出されて15日以前に避難するよう取り計らい。 12日の午後にグレイ外相の参. . 『第一次世界大戦と日本』(講談社現代新書)を書くことになったきっかけをさかのぼると、年のフランス・アルザスでの不思議な体験に. 『第一次世界大戦と日本 (講談社現代新書)』(井上寿一) のみんなのレビュー・感想ページです(22レビュー)。作品紹介・あらすじ:年は第一次世界大戦の開戦100年目です。その影響は第二次世界大戦以上で日本にも深く及んでいました。大戦前後の日本社会を観察すると「複数政党制への過渡.

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